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神戸地方裁判所 昭和44年(ワ)644号 判決 1970年9月25日

原告

松井千秋

ほか一名

被告

神港通運株式会社

ほか一名

主文

被告らは各自、原告松井千秋に対し金一七一万〇五一〇円、原告松井綾子に対し金二〇一万五二五五円及び原告千秋に対する内金一五五万〇五一〇円、原告綾子に対する内金一八二万五二五五円につき被告会社は昭和四四年六月八日より、被告中西は同年同月一三日より各完済まで年五分の割合による金員を附して支払え。

原告らのその余の各請求を棄却する。

訴訟費用を二分し、その一は原告らの、その一は被告らの各自負担とする。

この判決は、原告らの勝訴部分につき仮に執行することができる。

事実

第一、原告の申立

被告らは各自、原告松井千秋に対し金三二六万六二〇八円、原告松井綾子に対し金三二五万八一〇四円及び原告松井千秋に対する内金三〇一万六二〇八円、原告松井綾子に対する内金三〇〇万八一〇四円につき、被告会社は昭和四四年六月八日より、被告中西は同年同月一三日より、各完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。旨の判決並びに仮執行の宣言を求める。

第二、原告の請求原因

一、事故の発生

訴外松井秀雄は、昭和四三年一一月二九日午前七時五五分頃、神戸市兵庫区明和通一丁目九番地国鉄新川駅構内通路において、被告会社の従業員被告中西茂運転の被告会社保有にかかる大型貨物自動車(神戸一き一九〇六)に轢かれ、頭部胸部等の挫滅創を受けて同日死亡した。

二、被告らの責任

(一)被告会社は、本件加害自動車を保有し自己のために運行の用に供していたのであり、また貨物自動庫による陸上運送の業務を営み被用者である被告中西をして運送業務(運転助手)に従事させていたものであるから、自賠法第三条または民法第七一五条により、本件事故による損害を賠償する義務がある。

(二)  被告中西は、自動車を後退させるにあたつては、後方の安全を確認したうえで後退を開始すべき注意義務があるのに、その安全を確認しないまま漫然と後退させた過失により本件の事故を発生させたのであるから、民法第七〇九条により、本件事故による損害を賠償する義務がある。

三、原告らの地位

原告綾子は訴外(被害者)松井秀雄の妻であり、原告千秋は長男である。よつて原告千秋は右秀雄の有する損害賠償請求権の三分の二を、原告綾子はその三分の一を、それぞれ相続により取得した。

四、損害

(一)  喪失利益

訴外松井秀雄は、事故当時被告会社に雇われ新川営業所次長を勤め、被告会社より月額金五万五九〇〇円の給料及び年額一五万六〇〇〇円の賞与を受けていた。右秀雄は事故当時満四九才一〇月の健康な男子であつたから、本件の事故に遭わなかつたならば、向う一四年間右割合による収入を得ることができたものというべく、同人の生活費を収入額の三割(一万六七七〇円)とみて収入額より控除し、右の喪失利益をホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除してその現価を求めると金六〇二万四三一二円となる。

原告千秋はその三分の二にあたる金四〇一万六二〇八円の請求権を、原告綾子はその三分の一にあたる金二〇〇万八一〇四円の請求権を、それぞれ承継した。

(二)  慰藉料

訴外松井秀雄は、被告会社に勤務して前記の給与を受けこれにより原告ら一家の経済を支え、かつ一家の主人として精神上の支柱であつた。しかるに原告らは本件事故のため一瞬にして右の経済的、精神的支柱を失い、その悲嘆は深刻甚大である。原告らの右精神的苦痛は到底金銭に評価しえないものではあるが、その慰藉料は原告千秋について金一〇〇万円、原告綾子について金二〇〇万円を相当とする。

(三)  損益相殺

原告らは、以上の損害に対し被告会社加入の責任保険より金三〇〇万円の給付を受けたので、原告千秋において金二〇〇万円、原告綾子において金一〇〇万円を、前記の損害額より控除する。

(四)  弁護士費用

原告らは、その権利擁護のため弁護士(原告訴訟代理人)に委任して本訴を提起した。そのため、原告らはその弁護士費用(手数料及び報酬)として各自金二五万円宛を支払う必要があり、右は本件事故により原告らの受ける損害である。

(五)  よつて、被告らに対し申立の趣旨記載の各金員の支払を求める。

第三、被告らの答弁及び抗弁

(一)  原告らの被告らに対する各請求を棄却する旨の判決を求める。

(二)  請求原因一の事実、同二(一)の被告会社が本件加害自動車の運行供用者であること及び(二)の事実、同三の原告らの身分関係は認める。同二(一)の使用者責任は否認する。同四(一)ないし(五)の損害については、亡秀雄の地位、就労可能年数、年間の賞与額及び(三)の保険填補額を認め、その余の損害はすべて争う。亡秀雄の事故当時の一カ月の平均収入は公租公課、保険料等の諸掛を控除した金五万〇一〇六円である。

(三)  抗弁(過失相殺)

本件事故は、被告中西が始業前に国鉄新州駅構内の通路(幅員一一・九米)において、無免許であるに拘らず主として貨物自動車の運転練習をする目的で、被告会社の保管箱から勝手に自動車の鍵を取出して通路の北側に停車中の本件加害自動車を始動し一旦西進し、ついで後退して南側に停車させるべく時速約八粁の速力で後退中、運転技術の未熟と後方の安全確認を怠つた過失により、後方を通行中の松井秀雄を轢過するという本件の事故を発生させたものである。ところで、亡秀雄は被告会社新川営業所(右通路の北側にある)の次長の職にあり、ことに自動車の運行管理者として自動車運行の安全管理と乗務員(中西を含む)の指導監督をなすべき職責を有していた。被告会社の運行管理規程によれば、如何なる場合においても、運転者助手を含め一切の従業員は運行管理者の許可または命令なくしては自動車を使用してはならず、車両の鍵は保管箱に入れ運行管理者が保管管理し従業員の自由使用を厳禁しているのであるが、亡秀雄は平素から右の管理責任を怠り、昼間は鍵の保管箱を開け放しにして運転者及び助手が勝手に鍵を使用し運転できる状態に置いていたものであつて、本件の場合にあつても、亡秀雄は無免許の助手被告中西が勝手に鍵を持出し運転していることを現認しながらこれを放任していたのであるから、本件の事故は同人の右管理及び監督責任の不遵守に起因するものというべく、さらにまた同人は本件加害自動車が後退しつつあることをそのエンジンの音等により当然気づかなければならないのに漫然とその後方を歩行していたためこれに気づかず、当然なしうべき避譲行為をしなかつた過失により轢過されるに至つたものであるから、本件事故の発生につき同人にも以上の重大な過失がある。よつて被告らの賠償額の算定につき被害者の右過失を斟酌すべきである。(その過失割合は五割である。)

第四、右抗弁に対する原告らの認否

亡秀雄の過失はすべて否認する。同人が本件の事故当時新川営業所の次長であつたこと、大阪陸運局に対する届出において、同人が右営業所の運行管理者とされていたことは認めるが、実際上右営業所において自動車の運行管理及び従業員に対する指導監督を行つていたのは所長の佐藤武雄である。被告中西の無免許運転については、秀雄はこれを所長に伝え所長より注意が与えられていた。自動車の鍵の保管については、秀雄が次長に就任する以前から鍵箱には鍵をかけず誰でも自由に鍵箱を開けて自動車の鍵を持ち出しうるルーズな取扱が慣行化していた。本件事故の際被告中西は制限時速五粁と定められているのに時速約一五粁の速度で後退していたのであるから、その秒速は四米二〇となるところ、加害車が後退を始めた地点から秀雄と接触した地点までの距離は四米二〇である。そうすると後退を始めて一秒という瞬間的な事故であり、しかも何らの誘導も、警音器による合図もなく突然後退したのであるから、秀雄の避譲義務を云々するのは全く不可能を強いるものである。

第五、証拠関係〔略〕

理由

一、訴外松井秀雄が請求原因一の事故により死亡したこと、被告会社が請求原因二(一)のとおり右加害自動車の運行供用者であること、請求原因二(二)のとおり右事故の発生につき被告中西に運転上の過失の存したこと、原告千秋が右秀雄の子、原告綾子が秀雄の配偶者であつて、それぞれその主張の相続分を有すること、については各当事者間に争がない。

二、そこで、原告ら主張の損害につき判断する。

(一)  喪失利益

亡秀雄が、本件事故の当時被告会社に雇われ新川営業所次長を勤めていたこと、同人の死亡時の年令は満四九才一〇月であり、その就労可能年数は向う一四年であること、同人が被告会社より支給を受けた年間賞与額は金一五万六〇〇〇円であることは当時者間に争がない。そして〔証拠略〕によれば、秀雄が被告会社より支給を受けていた給与の平均月額は金五万五九〇〇円であることが認められる。(被告は右支給額より所得税、保険料等の諸掛を控除した手取額をもつて算定の基準額とすべきであると主張するけれども、所得税法第九条第一項二一号の法意に照らし疑問があり、かつ実務上、給与所得者以外の者の所得に対する公租公課の把握が至難であつて取扱の統一を期しがいという現状に鑑み、たやすく採用しがたい。)同人が生存した場合に必要とする生活費は、同人の右収入額・家族構成(後記のとおり)・物価事情等に照らし一カ月二万〇〇〇円を超えないものと推認する。そうすると秀雄が本件事故のため失つた将来の得べかりし利益は一カ年四三万〇八〇〇円の割合による一四年分計六〇三万一二〇〇円と一四年分の賞与額二一八万四〇〇〇円となるところ、ホフマン式計算注により年五分の割合による中間利息を控除すると(年別係数一〇、四〇九四)その現価の合計額は金六一〇万八二三六円となる。

(二)  慰藉料

前記認定事実に〔証拠略〕を合わせると、原告綾子は松井秀雄の妻であつて本件事故当時四三才、原告千秋は右夫婦間の長男であつて本件事故当時二一才であつたところ、本件事故により一家の経済的、精神的支柱であつた秀雄を一瞬にして失い、筆舌に尽しがたい大きな打撃を受けたことが認められる。原告らの右精神的苦痛を慰藉すべき金額は、秀雄の葬儀を被告会社が社葬として行つた点を考慮しても、原告ら主張のとおり原告千秋につき金一〇〇万円、原告綾子につき金二〇〇万円をもつて相当と認める。

三、被告の抗弁(過失相殺)

〔証拠略〕を綜合すれば、被告らが抗弁(第三(三))として主張するとおり、松井秀雄は被告会社新川営業所の次長兼自動車の運行管理者として自動車運行の安全管理と乗務員(被告中西を含む)の指導監督をなすべき職責を有していたこと、本件の事故は被告中西が無免許であるに拘らず貨物自動車の運転練習をかね自動車を便利な位置に移動させる目的で、自動車の鍵を無断で持出し運転中、被告ら主張の経過により発生したこと、自動車の鍵に対する訴外秀雄の管理責任は十分には果されておらず、ことに同人は事故発生の少し前に被告中西の右運転を現認したに拘らずこれを差止めなかつたこと、本件の事故現場は国鉄新川駅構内の通路であつて一般交通の用に供する道路ではないが、通路の幅は一一・九米(非舗装)長さ約二五〇米、その南側には国鉄の貨物線軌道及び貨物用プラットホーム等があり、北側には西より順に被告会社新川営業所の事務所、日本通運新川営業所倉庫、松村石油製品置場等があつて、これらの関係者は貨物の出し入れに右通路を利用しており営業時間内は車両等の通行も少なくないこと、訴外秀雄は右の事情に通じており、かつ事故の少し前頃被告中西が貨物自動車を移動させているのを見ていながら後方に注意を払わないまま漫然と通路の中央辺を歩いていたことが認められるので、本件の事故発生につき訴外秀雄にも管理者、監督者としての不注意及び歩行者としての不注意があつたものといわなければならない。原告らは被告中西が一旦西進して後退を始めた地点から衝突地点までは四米二〇であり、その速度は時速約一五粁であつたから、後退を開始してから僅か一秒程度で事故が発生しており、かような瞬間的事故に対し秀雄の歩行上の不注意を云々することはできない旨主張するけれども、前記証拠を綜合すれば後退の速度が一五粁であつたとは認めがたいのみならず(一〇粁を超えない速度と考えられる)、前記通路の状況に照らせば車両等の交通に意を払いながら歩行すべき場所であり、またその意を用いていたならば(被告中西が警音器を鳴らさずに後退した過失の重いことは勿論であるが)エンジンの音等により事前に自動車の接近を察知しえたものと考えられるので、秀雄に全然過失がなかつたものとは認めがたい。

よつて、亡秀雄の右両面の過失を斟酌し、被告らの賠償すべき額は、前記二(一)(二)の損害額の七割にあたる金額と認める。

四、損益相殺

被告らの賠償すべき金額は、原告千秋に対しては前記二(一)の金額の七割にあたる金四二七万五七六五円の三分の二(相続分)に相当する金二八五万〇五一〇円、前記二(二)の金額の七割に相当する金七〇万円との合計額三五五万〇五一〇円となるところ、被告会社加入の自賠責保険より同原告が金二〇〇万円の給付を受けたことは当事者間に争がないので、これを控除するとその残額は金一五五万〇五一〇円となり、原告綾子に対しては前記二(一)の金額の七割にあたる金四二七万五七六五円の三分の一(相続分)に相当する金一四二万五二五五円と前記二(二)の金額の七割にあたる金一四〇万円との合計額二八二万五二五五円となるところ、当事者間に争のない自賠責保険の給付金一〇〇万円を控除するとその残額は金一八二万五二五五円となる。

五  弁護士費用

原告らが弁護士に委任して本訴を提起したことは、その権利擁護のため必要やむを得ないものと認められるので、右の弁護士費用(手数料及び報酬)の相当額は、本件事故による損害として被告らにおいて賠償しなければならないところ、その相当額は原告千秋につき金一六万円、原告綾子につき金一九万円と算定する。

六、結び

よつて、被告会社は自賠法第三条により、被告中西は民法第七〇九条により、それぞれ原告千秋に対し以上の損害額合計一七一万〇五一〇円、原告綾子に対し以上の損害額合計二〇一万五二五五円並びに弁護士費用を除外した右各損害金に対する訴状送達の各翌日(被告会社は昭和四四年六月八日、被告中西は同年同月一三日)より完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務を有するものと認め、原告らの本訴請求を右の限度で認容し、その余の各請求は理由がないと認め棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 原田久太郎)

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